【R18】幸福な予定調和

 帰宅したのは、日付が変わろうとするころだった。
 允花には先に休んでいていいと言ってはいるが、激務続きで帰宅が遅いにもかかわらず、ここ数日もそうだったように今日も起きて待っていてくれるのだろう。ドアを開けたら、あたたかい光の中で彼女が微笑んで「おかえり」と言ってくれる。その光景を思い浮かべるたび、俺はたまらなくなるほどの幸福感というものを噛みしめるのだった。自分で「先に寝てろ」と言ったにもかかわらず、だ。もしかしたら允花には全部見透かされているのかもしれない。そうだとしたら無性に気恥ずかしくなるけれど、同時に自分を理解してくれる人がいることの代えがたい喜びもまた、俺の頬を緩めていく。
「ただいま」
 古びた官舎のドアを開けると、奥のほうから小走りに彼女が駆け寄ってくる。夜も遅いので足音を立てないように気を付けながら、それでも待ちかねたように急いた様子で俺の腕の中に允花は飛び込んだ。
「おかえりなさい」
 やわらかくて、ちいさくて、あたたかい体を抱きしめる。疲弊しきった身体がほぐれていくような、その一方で活力がみなぎっていくような、とにかく俺は、彼女の息遣いだとか体温だとか、そういうものが俺をひとつきりの命として生き返らせているような、そんなバカげた錯覚すら感じていた。
 しかし今日は、いつもと違うことが一つある。允花から感じられる石鹸のにおい。きっと風呂だけ先に済ませたのだろう。これだけ俺の帰りが遅ければそれも当然だ。淡い花の香りにも似た清涼さは心地よさすら感じるにおいなのに、疲れ果てて帰宅した俺には――ちょっとばかり毒だった。
允花
 腰のあたりに両手を回す。允花は俺の肩に両手を置くと、何?とばかりに首をかしげて見せた。
 かわいい。大きな目がゆっくりまばたきするのも、やわらかそうな唇がゆるやかに微笑んでいるのも、何もかもがかわいくて仕方ない。これだけかわいいと、俺がこうなるのも仕方ないというものだ。
「……たっちゃった」
 言いながら腰を引き寄せる。引き寄せるというより、押し付けると言ったほうが適切だろう。それなりに力はいれていた。だから允花だって、俺がどうなっているのかくらいすぐにわかっただろう。
「……あら」
 彼女は首ごと下を向く。別に見なくてもわかるだろうにと苦笑すると、允花は小さく笑い、その場にしゃがみこんでしまった。
 なんのために、なんてのは野暮な疑問だろう。允花は不自然に盛り上がったスラックスを手のひらで何度か撫でた。撫でながら、俺の顔を見上げている。
「してあげる」
 正直に言うと、期待していなかったわけではない。けど、ここでおっぱじめるというのはちょっと予想外だった。
「いや……允花
 ベルトをはずし、ホックをゆるめ、ジッパーを下す指先を、俺は見ているだけだ。
「なに?」
 お構いなしの允花がトランクスのゴムを引っ張っている。飛び出すように出てきたものは、自分でもどうかと思うくらいに膨張していた。まあ、疲れもたまっているし、遅い帰宅が続けばご無沙汰続きだったし。暗めの照明のせいでいっそうひどく醜く見えるそれを、允花は当たり前のような手つきで触っている。滑らかな、しっとりとした肌の感覚。心臓が跳ねるように震えるのを、俺が止められるはずもなく、允花は小さく息を漏らした。
「俺、風呂も入ってないけど……」
「うん」
 返事はあるが聞いてはいないのか、允花の手がそっと俺を包み込む。確かめるように、なだめるように、優しい力強さで扱かれて、俺は背後の壁に爪を立てそうになった。
「うあ……」
 緩慢で物足りないはずの刺激すら、俺をあっという間に追い詰めてしまいそうだった。あまりにもこらえ性がなさすぎるのはさすがに恰好がつかないが、こればかりはどうにもできないので、俺はたらたらと雫があふれてくるのをただ見下ろすだけだった。
 允花は情けない俺を指先で弄び、ぬるついたものを塗りたくるように先端ばかりいじっている。それくらいならまだ耐えられたのだが、案の定というか期待通りというか、小さな口は容赦もなく、ぱくりとそれを咥えてしまう。
「ん、っく……」
 のけぞりながら、太腿がびくびくと震えるのを感じていた。口腔の粘膜に包まれ、柔らかい舌になぶられ、いっそう俺は高ぶっていく。允花は先端の丸みも、溝のようなくびれも、丁寧に確かめるように舐っていく。心地いい。快感でおかしくなりそうだった。単なる刺激だけじゃなく、允花が風呂にも入っていない俺の、汚れたものをこんなに丁寧にしゃぶっている、その事実が背徳的な快感となって、俺の背筋を小刻みに駆け上がっては震わせた。
「なあ、汚いって……」
 声が上ずっている。みっともない。気遣うようなことを言いながらやめさせる気は毛頭ない自分が、年甲斐もないしみっともない。
「じゃあやめる?」
 満足そうな笑顔だった。余裕のない俺を見るのがそんなに楽しいのか。いや、きっと矛盾した俺の言動を「カワイイ」とでも思っているのだろう。
「……意地悪だな」
 引き寄せるように允花の後頭部に手を当てて、そっと促す。滑らかな舌の上を奥まですべるように侵入していくのは、彼女を抱いているときによく似ていた。違うのは、俺をくすぐるように翻弄するいたずらな意思があることだろう。まああっちも不随意に締め付けたりすることはあるから、結果的に与えられるものは同じかもしれないけど。
「きもちいい?」
 允花の口から透明に光る唾液が伸びている。彼女の唇がそうであるように、俺のもねっとりとした蜜に塗れているようで、それはもう、卑猥な有様だった。
「ああ……」
 正直もうもちそうにないんだけど……と、照れをごまかすように髪を撫でてやると、一瞬目を見開いた允花は、
「ちょ……っ!?」
 喉奥まで一息に俺を咥えこむ。
 あるところから細くなった喉の締め付けは、ダイレクトに快楽の中枢を刺激する。おまけにそのまま頭ごと前後に動かされるものだから、頼りない喉で扱かれて腰が砕けそうになる。
允花、ちょっと、うぉ」
 口の中を出たり入ったりするたび、ひどい音がした。かわいらしい允花の顔からしてはいかん音だろう、と、そう思うごとに追い詰められる。俺は悪い大人だ。風呂も入っていないのに、帰宅早々、一週間近くほったらかしにしていた恋人に玄関先でフェラチオさせている。
「ひいよ、ひっぱい、らして」
 しゃぶりながらの鼻にかかった声が俺の理性をそぎ落としていく。水っぽい音はセックスの最中を思い出させるから、俺は当然のように允花の肢体を妄想してしまう。俺の体にからみつく細い腕と足、どこを触ってもかわいい反応をしてくれる繊細な肌、俺の求めに応えて、俺を求めてくれる赤い唇。
「っ、あ、出る、ッ……允花、ぁっ、ふ……うぅっ!」
 あっけなかった。驚くほどに、もたなかった。
 俺は允花の頭を軽く押さえて、その口の粘膜を犯すように射精した。数日ぶりの快感はいつもよりも長く続き、俺の意識を朦朧とさせた。量が多いのだろうと申し訳なく思いながらも、うなじのあたりに触れた指が嚥下する動きを感じている。そんなことされると……俺はなんとなくの予感に焦りながら息を整えようとした。その間も允花の腕は俺の後方に回されていた。頭を押さえつける俺に応えるように、彼女は俺を抱いてくれていた。
「ん……ほんとに、いっぱいだったね」
 唇に触れながら允花は俺を開放する。唾液やらなにやらで濡れそぼっているので、少しひやりとするのがまた心地いい。
「ああ……気持ちよかった」
 それは嘘ではない、偽りのない真実なのだが、体というのはなんと正直で欲望に忠実なのだろう。一度では足りない。むしろ、一度味わったからこそもう一度とせがんでしまうものなのかもしれない。まあそのあたりの事情はどうでもいい。重要なのは、俺はまだまだ満足していないということだ。
允花、ごめんな?」
 俺はまったく萎えないものをとりあえずスラックスにしまいこみ、一言断って允花を抱き上げた。
「えっ? えっ?」
 突然どうしたのかと言いたげな瞳にも、どこか期待の色が見え隠れしている。
「おさまんねぇんだ」
 だから、俺の正直な告白を責めることもなかったし、シャツの胸元を握る手に力が込められたのも、うつむいた顔が耳のあたりまで真っ赤に見えたのも、俺の気のせいなんかじゃなく、幸福な予定調和なのかもしれない。

§

 寝室はきれいに片付いていた。どこの部屋もそうだが、允花のおかげで俺の家は常に掃除が行き届いている。一緒に暮らし始めるようになってからは生活の質が確実に向上した。別に允花が身の回りの世話を焼いてくれるからというだけではなく、毎日彼女が待っていてくれることは、俺が思っていたよりもずっと、俺の心身にいい影響を与えているらしい。
 允花をベッドに横たえても、その上に覆いかぶさって唇に食らいついても、どこもかしこも允花の香りで満たされていることを否応なしに自覚させられる。まさぐっている体はもっと強く香るのだろうと思うと、柔らかな肌を今すぐにでも暴きたくて仕方がない。
 寝室は暗いままだった。半開きのドアから入る廊下の照明が僅かな頼りで、俺には允花の頬の色さえもよくわからない。けれど今の俺たちには視覚情報などあったところで何になろうか。肌を重ね合わせて、至近距離で吐息を交わして、切なげな声で名前を呼びあっている俺たちに。
允花、もういい?」
 彼女のズボンに指をひっかけながら、俺は性急さを隠しもしなかった。取り繕ったところでもう何もかも允花には見透かされているのだから。上ずった声も、性懲りもなく勃起してしまった下半身も。
「ん……」
 暗がりの中できっと允花は潤んだ眼を細めているに違いない。俺を求めて両腕を伸ばし、下着ごと脱がされるために軽く腰を上げながら。
「……うわ、すごい……ぬるぬるだ」
 膝に衣服がひっかかったままの両足を担ぎ上げ、再び取り出した先端をぴたりとそこにあてがう。触れてもいないのに、允花は涎を垂らすように俺を欲しがっていた。敏感な粘膜に口づけられたようで、落ち着いていたはずの心拍数が跳ね上がる。
「俺のしゃぶってこんなに濡らしたの? かわいいなぁ……」
 何も知らなかったはずの允花をこんなにしてしまったのは俺だ。まったく、我ながら何てことに悦んでいるのかと呆れたくもなるが、男である以上は仕方のないこと、そういうことにしておいてほしい。
「だ、だって……」
 恥じらいを含んだ声が震えている。わずかに腰を揺らすだけで、滑りのいいそこはぬちゅぬちゅと音を響かせた。允花が「だって」の後に何を言うのか聞きたい気持ちはあったけれど、俺はそれを待てなかった。
「欲しかった? じゃあ、あげるよ――っ」
 欲しがっていたのはどっちだよ、と、自嘲しながら根元まで一気に挿入する。そういえばゴムもつけていないことに気づいたところでもう遅かった。俺は引き抜こうなんてこれっぽっちも思えないし、允花は待ちかねた獲物に食らいついて離さない。
「あ、っあ、かおるさん、っ、んっ」
 まるで快感から逃げようとするみたいに、允花は首をのけぞらせる。シーツが擦れるような衣擦れの音も允花が必死につかんでいるせいだろう。ようやく暗闇に慣れてきた目が允花の痴態を見下ろしている。と言っても視界から得られる情報より、半開きの口からこぼれる嬌声に合わせて震える允花の媚肉のほうが俺には効果的だった。
「っ、あー……すごい……」
 動かせないんじゃないかと思うほど、允花の中はキツかった。まるで初めて抱いたときのようで、まさかこのところご無沙汰だったせいでこんなになっちゃったんだろうか、なんて考えすら浮かんでくる。ああでも、数か月前とは全然違うな。今の允花はほどよく力が抜けている。あの時は力んでしまっていたけれど、この瞬間に俺を包んでいる彼女は柔らかく解れている。俺しか知らない体は、唯一知っている俺を離すまいと縋りついてくる。たまらない。冷静でいられるわけなんて、ない。
「あっ、や、あんっ」
 小刻みに腰を揺するのに合わせて允花が啼く。子犬のような鼻にかかった甘い悲鳴を聞きながら、俺は允花の着衣を取り去りベッドから退場してもらった。
允花、」
 自由になった両足を開いて覆いかぶさると、待ち焦がれたと言わんばかりに允花の両手で包まれる。すべすべとした頬に口づけ、耳たぶを軽く甘噛みする俺を愛し気に両足が捉えていた。捕まってしまった、なんて思いつきに笑ってしまう。数年前の俺ならきっと鬱陶しく思っただろうその行為が、今は愛しくてたまらない。允花も俺に捕まえられたと思っているだろうか。俺のほうが彼女よりもずっと強くそうしたいと知っているだろうか。
「薫さん、んっ」
 口づけて、離さない。この女を失いたくはない。口腔を舌で舐るのも腰を深く深く打ち付けるのも、允花に俺を刻み付けたいから――いや、多分俺は、允花の一番あたたかいところに潜り込んでしまいたかったのだと思う。
「あん、あ、やぁっ、ふうぅっ」
 四肢で俺にしがみつく允花と同じように、俺もまた允花の身体をかき抱いた。どこもかしこも、外も中も柔らかくてあたたかい。触れる俺の手の動きに追従するように形を変える豊かな胸も、みずみずしい果実のように甘い唇も、しなやかな若竹のような背中も。
 そして彼女の一番潤んだところは、まるでそれ自体が一つの生き物のように俺に責められて悦んでいる。
「ひあ、あっ、あ、そこ、やぁ、っ」
 嫌と言いながら腰に絡ませた両足は決して緩めない。「もっと」とせがんでるのと同じだと言っても、允花にはもう聞こえていないのかもしれない。
「んー? ここ好き?」
 意地悪く笑いながら尋ねても允花は答えない。そりゃ、答えられないに決まっている。一番イイところを擦られて平気な顔ができるほど、この子は何もかもを知り尽くしてはいない。
「なあ、どこがいい? 言ってくれると俺、うれしいんだけどな」
 いったん動きを止めて焦らすと、案の定允花は切なそうに腰をくねらせた。
「やだぁ、やめないで、もっとして……」
 俺の手首をきゅっとつかみ、自分で自分の快楽を探し当てようとしている。かわいい。かわいいのにいやらしい。二つの概念が両立するものだなんて、俺は允花を抱くまで知らなかったと思う。
 まああんまり言葉でいじわるすると拗ねてしまうので、今日はこのくらいにしておこう――なんて、俺自身が待てない言い訳にすぎないのだが。
「ここ? 奥の方が好き?」
「すきっ、そこっ、もっと、もっとして、ぇっ」
「わかった、もっとここ、グリグリしてやるから、な」
 押し込むように動かすたびに、声のトーンが上がっていくようだった。
 必死でしがみつかれて、俺のシャツはもうひどい有様だった。スラックスも穿いたままだからシワがついていることだろう。もっとも、允花のせいでシミのほうがすごいことになってそうだが。
 手を伸ばし結合部に触れてみようとする。が、そこに到達するよりも先に俺の指先は湿り気を感じていた。柔らかい茂みまでがねっとりとした蜜をまとっている。
「せっかく風呂入ったのになぁ、ごめんな」
 あとで一緒に入ろうな。苦笑しながらそう言うと、允花は嬉しそうにうなずく。首を縦に振るだけじゃなく、握りしめるように締め付けるのだからたまらない。こんな、媚びるような仕草も俺だけのもの。わかっているのにむちゃくちゃに抱きつぶしたくて仕方がない。俺はこんなにも醜い男だったのだろうか。深いところを圧迫するように腰を突き出しているうちに、余裕はどんどんなくなっていく。
(……あー、出したいな)
 理性なんてほとんど残っていない。このまま允花の中で果てたい本能と、そんなことをして孕ませてしまったなら、しばらくこの身体はお預けなのかと惜しむ醜悪な欲深さが拮抗している。
「あ、っ!」
 結局、一度一思いに引き抜いてしまうことにした。悲鳴みたいな声で驚く允花をよそに、俺は呼吸を整えながらヘッドボードに手を伸ばす。箱の中にはまだ残りがあったはずだ。なかったら――そのときは覚悟を決めてしまおうと思っていたものの杞憂だったらしい。
「……いいのに」
 俺が避妊具を装着しているのを、允花がぼんやりとした目で見ている。なにがいいのか聞くと、「そのままでもいいのに」なんてことを言うものだからさすがに俺も笑ってしまった。
「それは、ちゃんとお前が、俺のお嫁さんに――なってからでもしばらくは駄目かな」
「……どうして?」
 汗ばんだ額の前髪をかきあげてやると、大きな目が俺を見上げて不思議そうな光を浮かべていた。
「……だって独り占めできなくなる」
 一生このままだっていい。俺はお前さえいてくれれば、それで。
 唇をふさいで反論もさせないあたり、俺は本当にダメな大人で、悪い男だと思う。こんなに若くて純粋な子に何度も自分を刻み付けている。
 俺がこいつの、最初で最後の男だ。
「ん――っ!」
 もう一度挿入すると、さすがに膜一枚を隔てているせいで快感は鈍化した。それは俺だけなのかもしれない。粘膜を押し分けられている允花のほうは、相変わらず体を震わせているのだから。くぐもった声は全部俺の唇に飲み込まれて、呼吸すら覚束ないらしい。
「ほら、ちゃんと息しないと」
 わずかに唇を放しても、允花の呼吸は浅く荒いままだった。
「いじ、わるっ」
 眉をひそめた顔だって、怒っているというよりは俺を高ぶらせる煽情的なものにしか見えない。
「……ほんと、かわいいな。何したってかわいいよ、お前」
 正直に言っただけなのに、允花は恥ずかしいのか腹立たしいのか、俺の二の腕のあたりをつかんで抗議しているつもりらしい。それだって俺の動きが激しくなるうちに、どうでもよくなっているみたいだったけど。
「ぅあ、っ、あ、だめ、きちゃうよぉ」
 泣きじゃくる子供みたいに俺に縋りついて、允花は絶頂の予感を訴え始める。深いところばっかり責められた上に、俺を欲しがって下りてきてるものだから余計に感じてしまうのだろう。
「んー? イきそう? いいよ、好きなときにイって」
 絶頂する允花にぎゅうぎゅうに締め付けられる想像で、俺まで達しそうになる。潤んで充血した媚肉をもっといじめてやりたいのに、允花の愛らしさはそれすら許してくれなかった。
「やらぁ、いっしょが、いいっ」
 舌足らずの訴えを聞いて平気な顔ができる男なんていないだろう。しびれるような快感が腰のあたりに渦を巻いている。
「――わかった、一緒な? じゃ、もうちょっとだけ、がんばろっか」
 甘やかしているのか、降参したのか。よくわからないけど、別にどちらでもいいのだろう。きっとその二つは同じ結果を意味している。俺は允花の腰を軽く浮かせて、知り尽くした弱いところばかりを突いた。尻たぶを持ち上げている手の指までねっとりとした淫汁が滴っている。小刻みに震える允花も、限界まで張り詰めた俺も、それ以上はもたなかった。
「あ、あっ、あぁ、っ、や、――ぁあんっ!」
 ぎし、っとベッドをきしませて達した允花を追いかけるようにして、俺もまた射精する。痙攣するようにわななく粘膜は、まるで一滴残さず搾り取ろうとする貪欲なものに思えた。
「――う、あぁ……」
 腰を惰性で動かしたままの俺は、自分がマーキングでもしているかのようだった。もちろん、避妊具の中に吐き出されたのだからそんな妄想は現実であるはずがない。馬鹿みたいだなと自分を笑いながら、俺は允花の額に頬に口づけた。彼女の中で少しずつ大人しくなっていくのが、ひどく心地よかった。

§

 官舎に不満があるとしたら、この浴槽の狭さだろう。二人でぎっちぎちになっているのはまるで梱包された荷物のようだ。
「ちょっと広いところに引っ越したいよなあ」
 せめて風呂だけでも。これではリラックスという言葉が縁遠い。濡れた髪をかき上げながら一人ごちると、允花は「薫さんと一緒ならどんなところでもいいよ」なんて健気なことを言う。そりゃありがたいけれど、もう少し欲深になってもいいんじゃなかろうか、こいつは。
 細いうなじに濡れたおくれ毛が張り付いている。なんとなく触れると、驚いたのか允花はこちらを振り返って、笑った。
 天真爛漫を絵に描いたような笑顔だ。それでも、いつも帰りの遅い俺を待つ間はさみしい思いをさせているに違いない。土日も仕事ばかりで允花にかまってやれることは稀だ。
「……仕事が一段落したら、休み取るから」
 どんなに強く抱きしめたところで、允花の寂しさがなくなることはないだろう。ずっとやりたかった仕事なんだと言って、好きなことをしている俺が好きなのだと言わせて、本当に俺は年下の女に甘えっきりで、情けなくて仕方がない。
「そしたら二人で、どっか行こうな」
 そんなことが償いになるわけもないことは知っている。でも、允花はきっと笑って頷いてくれるんだろう。それが俺の独りよがりでも甘えでもないと、信じさせるだけの明るさで。

- 了 -
2020/8/25