舞台設定としては台湾襲撃事件もなく新世塾も存在しないパラレルワールドみたいなものです。なおペルソナ能力はなきものにされています。
キャラクターは罰に登場した人たちが生きていたり立場や年齢を変えて登場したりします。
(周防克哉、浅井美樹、云豹、他)
モブキャラ、主人公の親族など、名前のあるオリジナルキャラが数人登場します。
検察や警察の制度等については結構適当に書いています。
全体的に創作色強め。某プリティ・ウーマンパロみたいなこともしてます。なんでも許せる方どうぞ。

台北恋奇譚

 199X年、台湾――

 日付も変わろうかという時刻だが、歓楽街の賑わいは衰えることを知らない。きらびやかに着飾った女や目をぎらつかせた男が道行く人々を誘い、酒と雰囲気に酔った者は誘われるままに享楽に耽っていく。これは表通りから離れた、薄暗い路地裏だけの話ではない。一見格式高く、足を踏み入れる者が限られるような場でも繰り広げられることは同じ。所詮どれほど飾り立てたところで人間である以上、その欲望の根幹は似たり寄ったりになってしまうのだろう。
 そんなことを考えながら、嵯峨薫は煙を吐き出した。細い葉巻は普段の紙巻きよりもずっと重く、軽い頭痛すら感じられる。頭痛が本物だとして、その原因は煙草のせいだけではないだろう。
「コール」
 五つ星ホテルの地下に設けられたカジノは今日も盛況だった。勝つ者がいれば負ける者もいて、当然歓声も上がれば悲痛な嘆きも聞こえる。ディーラーの浮かべる淡々とした笑みは、どこか冷淡なものにも思えそうだった。
「レイズ」
 甘ったるい香水の匂いに眉を顰めつつも、賭け金を吊り上げる嵯峨の顔に焦りはない。先ほどから勝ち通しのこの男には、今回も驚嘆の視線が向けられる。ゲームに参加している数人だけではない。いつのまにか台の周りには壁のように人だかりができていた。
 信じられない。運を味方にした男だ。ディーラーも内心冷や汗かいてるぜ。
 そんな囁きが背後からは聞こえてくる。
 よく言うぜ。と、嵯峨は内心でだけ呆れながら再び肺を煙で満たした。まったく旨くない。こんな場所での捜査はさっさと切り上げて、早く日本に帰りたいものだ。彼の願いはその一点だけだった。

§

 三日前――
「潜入?」
 某議員の汚職疑惑共同捜査にあたっている警察官の周防克哉は、怪訝な顔を嵯峨に向けた。刑事にしてはこだわりの強そうなスーツをまとう彼は嵯峨よりも五歳下のキャリア組だ。揶揄交じりに「優秀」と呼ばれる彼がどういう理由で検察と共同で海外捜査を行っているのか、詳細は嵯峨の知ったことではないのだが、大方厄介払いのようなものだろう……というのが、数日間ともに仕事をした結果得た彼なりの結論だった。何と言っても真面目、真面目の一言に尽きる。ただ真面目なのではなく四角四面なほどに真面目すぎて融通は利かないし口うるさい。日本を出立するときに彼らを見送った事務官の浅井美樹は「お似合いですよ、バランスがとれて」と、ひらひらと手を振りながら笑っていたが、嵯峨は嵯峨で「それは俺が不真面目だと言いたいのだろうか……」と苦虫をかみつぶしたような顔をするしかなかったし、周防は「心外だ」と言わんばかりに眉を顰めてしまう。そんな彼らを見た浅井はとうとう声を上げて笑ってしまっていた。
 ともかくアクセルとブレーキなのか、ボケとツッコミなのか、バランスがとれているようでとれていない二人が台湾を訪れて一日目、嵯峨が市内繁華街の屋台を練り歩き、流暢な北京語を駆使して手に入れたのが、「最近、台北翔華飯店のカジノがきな臭い」という証言だけだった。

「そんな漠然とした情報を信じて、カジノに潜入するだと? 馬鹿馬鹿しい」
 台北翔華飯店と言えば五つ星ホテルとして有名な高級ホテルだ。芸能関係者や文化人のみならず政財界にも利用者は多いと聞く。そんな場所がきな臭いと言われたとして、それがまったくありえないと疑うわけではないが、相応の相手は相応の対処をしているものである。もしかしたら自分たちの捜査対象がすでに手を伸ばしている可能性だって否定できないだろうに、たった二人で対抗するのは無謀もいいところだ。
「その情報、罠じゃないのか?」
 もちろん周防は疑り深い目で嵯峨をなじる。そもそも信頼されていない自覚はあったが、こうも露骨な態度をとられると腹立ち混じりに傷つきもする。
「ひでぇなあ。俺が一日中歩き回った結果だってのに」
「たった一日じゃないか」
「あれ以上歩き回ったって同じだよ」
「何を根拠に……ん、なんだそれは」
「これか?」
 どこから調達してきたのか、嵯峨の手元には長髪の鬘がある。一見して女性用ではないかと思うくらいに長い黒髪だ。かぶれば腰くらいまでの長さになるだろう……と周防が目測していると実際に嵯峨はそれを頭に載せた。
「……胡散臭いな」
 妙に似合っていると言えないこともないが、こんな頭で登庁すれば白い目で見られるどころでは済まないだろう。
「だろう?」
「はあ?」
 何がなんだかわからない。そんな顔をした周防をよそに、嵯峨はてきぱきと身支度を進める。
 眼鏡を外しておそらく度の入ったサングラスをかけ、着ていたスーツを脱いで別のスーツを着始める。やたらと光沢が眩しいゴールドのスーツなどどこで売っているのだろうか……と、周防は呆気にとられた顔でそれを眺めていた。
「どうだ? 胡散臭いギャンブラーに見えるか?」
 身支度を終えた嵯峨がにやりと笑うと、周防はようやくこれが変装なのだということに思い当った。と、同時に、嵯峨は捜査を遊びか何かとはき違えているのではないかと思えて、呆れと苛立ちが湧き上がってくる。
「ギャンブラーかどうかは知らんが、胡散臭いことには間違いない」
「あ、そ……」
 吐き捨てるような評価にはなにやら釈然としないのだが、ここまで準備したのだからともかく行動するしかない。周防は別行動をすると言い張ったのだが、もっと情報を集めたいからというよりは、嵯峨と一緒に行動したくはないというのが本当の理由に思える。
 別にそれをどうこう言うつもりもないのだが、こうまでムキになられると正直やりづらい。とはいえ頑なな性格の周防に自分が何を言ったところで無駄なのだろう。

§

 嵯峨がカジノに潜入という名目で入りびたりはじめて三日が経った。何かしらの情報を得られはしないだろうかと期待したのだが、案の定退廃的な遊びに興じる人間がいるばかりで、会話したところで実のある話など一つも得られない。大見得切って出てきた以上は何かしら掴んで帰りたいところだが、この分ではまた周防にねちねちとなじられるに違いない。大体年上だと言うのに敬語すら使ってもらえていないのだから如何に信用されていないか痛感させられる。貧乏くじだなんだと周防は言っているが、嵯峨は嵯峨で、相棒運に恵まれないと嘆息してもいた。
 その周防は夜間のカジノに入り浸っている嵯峨とは別行動、つまり、日中の台北市街を歩き回っているらしい。中国語もできないのに熱心なことだ。しかしその周防が先に有益な情報を掴んだともなれば嵯峨の立場はない。
「参ったなぁ」
 言うほど参ったようには聞こえない。ブラックジャックのテーブルで二枚の札をにらみながら嵯峨はこれからどうしたものかと思案していた。もちろんブラックジャックのことではなく、捜査のことだ。
「件の支配人に接触できねえかな……」
住手!やめてよ!
 突如として上がった女の声に、嵯峨を含め何人かが声の方を振り返る。視線の集まる先では、明らかに酔っている中年男性がまだ少女と言ってもいいくらい年若いカクテルウェイトレスに絡んでいた。
「なんだ、客に接待するのがお前らの役目だろうが」
 絡むどころか彼女の体に手をのばし、あらぬ場所をまさぐろうとしている。おっとセクハラ現行犯。などと口にはせず、嵯峨はかわりに煙を吐く。やれやれ、彼女たちは飲み物を運ぶのが職務なのであって、決して体を触らせるのが職務ではないだろうに。
 女は気の強そうな目で客の男をにらんでいるが、そこにためらいがにじんでいるのはやはり相手がカジノの客だからだろう。とはいえ着ているノースリーブのチャイナドレスは胸元が丸くくり抜かれて谷間が丸見えだし、下半身は下半身でかなりきわどいところまでスリットが入っているため白い太ももが惜しげもなくさらされている。嵯峨は半分呆れた。あんな格好してりゃあ触ってくれと言っているようなもの――だが、雇い主の意向で無理やり着せられているのかもしれない。というか、そうに違いない。
 一方女に絡んでいる男は、手のひらをスリットの隙間に差し込もうと躍起になっている。芋虫のように太く短い指には、悪趣味だが金のかかっていそうな指輪がはまっていた。赤い宝玉を咥えた虎の彫金細工などそこらで売られているものではないに違いない。典型的な成金趣味のセクハラ親父だなと、嵯峨は後ろを向いていた姿勢を元に戻すのだが、不意に浅井がかつて目くじらを立てていたのを思い出した。
『セクハラするような人って何なんでしょうね! それを見て見ぬふりをする人もですけど!』
 と、この場で怒鳴られたような気がしてぎくりとしてしまった。事務的な補佐からミスのカバーまで、常日頃から世話をかけている浅井には頭が上がらないのだ。
 しょうがねえ、と、嵯峨は腹を括って立ち上がる。何せ誰も女を助けてくれる気配はない。見過ごせば寝覚めが悪いだろうし、浅井が「見捨てるんですか?」と冷たい目をしている様も脳裏によぎった。
 男は相変わらず、しつこくカクテルウェイトレスに絡んでいる。脂ぎった顔にはどこか見覚えがあるが、思い出す前に手が伸びていた。
「まあまあ、待ちなよ旦那」
 小さな肩をぐいっと引き寄せるようにして女を酔っぱらいから引きはがす。
「悪いね、こいつは俺が先に目を付けてたんだ。――よう、両替してきてくれた?」
唐突に差し伸べられた救いの手に、女はさっきまでとは違う意味で目を白黒させている。
「両替?」
「忘れた?」
 にこやかにほほ笑む嵯峨を見て、案の定、小太りの男は酒で真っ赤になった顔をさらに赤くした。
「なんだぁてめえは? そんな理屈が通るかよ、大体お前、俺を誰だと――」
「まあそう言わず、穏便に済ませようや。なあこいつでどうだい? 掛け金ごとくれてやる」
嵯峨が手渡したのはトランプの札二枚。それとテーブルに詰まれたチップの量を見比べると、男は目の色を変えて札をひったくった。
「……ちっ」
「さすがだね、わかってるじゃないか大将」
 男は先ほどまで嵯峨が腰掛けていたスツールに陣取った。後ろからでもよくわかるほどの上機嫌を隠しきれずに。
「……あ、あの! ありがとうございました」
 一方の女はと言えば、ようやく事態が飲み込めたらしく、立ち去ろうとする嵯峨を引き止めて深々と頭を下げた。
「いいよ」
 上げた顔に微笑みかけると、女はいっそう泣き出しそうな顔になる。
「ごめんなさい、カード、せっかくそろってたのに」
女の言うとおり、嵯峨の手元にあった二枚の札は「21」だった。どう考えたって負けるはずのない組み合わせ。賭けていたチップは軽く見積もっても車が数台買えそうな額だったが、彼にとってははした金なのだろうか。なんにせよそれと引き換えに助けてもらったのだから、女は申し訳ないやら情けないやら。なのに目の前の男は、大したことでもないような顔をしている。値踏みするような色を隠しきれず、女は長い髪の男を観察し、思わず頬を引きつらせた。
――胡散臭い。それ以外に何も言えない。
 しかし胡散臭くても行動は紳士だ。助けてもらった恩義もあって、女は警戒を緩めていたのかもしれない。自分の方に伸ばされた腕を、ただ見ているだけだった。
「ん? ああ、まあいいさ。チップもまだある。ほれ」
「ひゃっ!? 什麼何するの!」
 胸元、というか谷間にチップをねじ込まれた。いきなりの行動に面食らって目を白黒させるのを、嵯峨は楽しそうに笑う。
「明日また来るから。それ、預かってて」
 後姿でひらひらと手を振ると、結局彼は一ドルも換金せずにカジノを後にした。女はその姿を見送った後、ねじこまれた10ドルチップを握りしめる。
「変な人……」
 後ろ髪を引かれるような思いだったが、允花はためらいつつも喧騒の中に再び溶け込んでいく。その姿を、切れ長の目が見つめていた。

「らしくねえなあ」
 嵯峨は嵯峨で、自分らしからぬ所業にいささかの照れを感じつつホテルのロビーを歩いている。
 空気のよどんだカジノから出ると一気に頭が冴えるようだ。今日の稼ぎはナシ。所詮あぶく銭、そう思えばあの男にくれてやっても全く惜しくない。それどころか、それ以上のものが得られるかもしれないのだから、むしろ喜んで差し出してもいいくらいだった。
 客室に戻ると嵯峨はまず重くて暑苦しい鬘を外した。後頭部にはじんわりと汗がにじんでいる。早く決着つけねぇと禿げちまうな、などと自嘲しながら、彼は脱いだ上着をベッドに放った。
 嵯峨と周防はカジノに潜入し始めた日から同じホテルに宿を取っている。従業員あたりから情報が得られやすいのではないかという目論見もないわけではないが、狙いは別だった。
 特徴的なリズムでドアがノックされる。周防だ。
「収穫は?」
 部屋でくつろいでいたのか、彼はノータイだった。
「ん? ああ、今日は最後に負けちまってなあ」
 そうじゃないだろうと言いたげな目をした周防
「……わーかってるよ。ちゃんと仕事はしてきたぜ」
 ポケットからマネークリップや煙草、持ち帰ってきたチップ数枚をぽいぽいとベッドの上に放り出し、自分は金庫からジュラルミンでできたトランクのようなものを取り出した。
「なんだ? それは」
「まあ見てなって」
 ダイヤルロックを開けた嵯峨がトランクを開くと、片面にはトランクと一体化した機材、もう片面にはヘッドフォンや操作盤のようなものが据え付けられていた。
「妙な機械だな?」
 周防が怪しむような視線を投げてくるが、それに答えることはしなかった。これは盗聴のための器具だ。無線傍受の応用だがあまりに距離が離れていると動作に支障が出る。嵯峨が拠点をここに移したのはこのためだった。
 電源を入れてヘッドフォンを装着し、嵯峨はつまみを慎重に回し始める。どうやらチューニングしているらしい、ということぐらいしか周防にはわからない。
 女の胸元にねじ込んできたチップはカジノで使用されているそれに、昨日の夜のうちに盗聴器を仕込んでおいたものだ。
 いくら盗聴器と言えただカジノのチップに混ぜるだけでは効果はない。従業員の衣服に紛れ込ませることも考えたが見つかってしまえば所定の場所に戻されるだろう。その点今日のあの女なら、あのチップを感傷で持っていてくれるかもしれない。嵯峨は人から向けられる好意のようなものには、うぬぼるわけではないが、敏感だった。ああいう場所で働いているわりにはスレた印象もない子だったから、可能性は半分よりは高いと見ている。とはいえ女は魔物、猫をかぶっているだけかもしれない。はてさて、うまくいくか……。
「お、きたきた……」
 一定のところでつまみを回すのをやめると、ざりざりとした雑音にまじって人の話声が聞こえてくる。距離があるのでノイズがかなり大きくなってしまうが仕方ない。
 嵯峨は意識を耳に集中させる。
『おい允花、客に逆うなんてどういうつもりだ?』
 若い男の声だ。「允花」というのはあの女の名前だろうか。
『別に逆らってなんか……痛い!』
 殴りつけるような音に思わず眉をひそめてしまう。こんな場面に遭遇するとは思わなかった。
『なんだその目は、そんなに売春宿に行きたいのか?』
『……』
『思い上がるなよ、お前のような小娘をここで使ってるのはなぜだ?』
『……日本語と、英語、しゃべれるから……』
『そうだ。それがなきゃお前も体を売るしかねえだろうが。わかってるのか?』
『……はい』
 泣き出しそうな声に、嵯峨は良心が痛んだ。こんな境遇の子だとは思わなかった。男の口ぶりから、借金でも背負わされているのではと推測される。そんな子を結果として利用してしまっている。知らなかったとは言え、罪悪感はぬぐいきれない。
 と、向こう側が騒然とする。何人かのあわただしい足音が近づき、別の男の声が入ってきた。
『云豹大哥兄貴! こちらにいらしたんですか』
『なんだ?』
『明日の件で――』
『おい。ここでその話をするな』
『あっ、す、すいません!』
『……そうだ。允花、あの客が来たら明日はお前が相手しろ』
『あの客……?』
『お前を助けた男だ。あれだけの金を他人に渡せるんだ、金持ちに違いない』
 ぎくりとした。見られていたのか知らないが、妙な目のつけられ方をしてしまったらしい。
『え、そん……な』
『口答えするのか? まぁ、あいつから巻き上げるか、今からマーの旦那の寝床に行くか。それくらいは選ばせてやる』
『わ、わかった……』
『口のきき方も忘れたか?』
『わ、わかりました……明日、あの人が来たら――やります』
『ふん……おい、行くぞ』
『は!』
 会話はそこで終わり、衣擦れの音が響いた後に完全な沈黙が訪れた。嵯峨はヘッドフォンを外しながら長い溜息をつく。
「……嫌なモン聞いちまったぜ」
「おい、なんだ今のは?」
 何も聞けなかった周防は不満そうだが、嵯峨の真剣な顔を見ると何やら常ならぬものを感じたのか、黙り込む。嵯峨は考え込むような顔をしていたが、吹っ切るように周防のほうを向いた。
「明日どうやら、カジノで何かあるらしい」
「何かって、それがわからなければ意味が――」
「何があるかはわからんが、誰が当事者かは予想はついた。天道連と死海幇スー・ハイ・バンだ」
「何……?」
呆気にとられた周防は口を開けてぽかんとしている。
「思い出したんだよ、あの指輪。馬の旦那ってのは死海幇幹部の馬春英だろう。云豹は天道連の幹部だ」
「……まさか」
 周防が絶句するのも当然だ。天道連と死海幇は同じマフィアといっても当然親密であるわけがない。若い連中は毎日小競り合いのような喧嘩を繰り広げていると聞くし、上は上で縄張り争いに余念がない。
「抗争か?」
「いや、それはないだろう」
 盗聴した今の話を聞く限りでは、云豹はおそらく『馬の旦那』を接待している。暴力沙汰になる可能性は低いだろうが、それはそれで気味が悪い。利権争いをしている二つのマフィアの関係者が、何もないのに一堂に会することなどありえないのだから。
「何かしらの取引だろう。縄張りの利権か、それとも薬物や武器そのものか」
 仮説を述べると周防は勢いよく立ち上がった。
「ならば警察局に――」
「ああ!? おいおい! 待て待て! んなことしたら情報が漏れるだろうが」
 本気で飛び出しかねない暫定相棒をあわてて嵯峨は捕まえる。しかし周防は釈然としない顔だった。
「漏れる? まさか警察を疑っているのか!?」
「そうだよ。漏れるまではなくてもな、警戒させることはねえだろ」
「ありえない」
 性善説が服でも着ているのだろうか。嵯峨は舌打ち混じりに溜息を洩らす。
「おい、ここは日本じゃねえんだ。ちったあ頭冷やせ。策があるんだよ」
「策?」
「ああ。まず――」

2020/7/12 修正