長髪に分類はされるにしても、俺よりもずっと短い髪。それを抱きながら、さらに短い髪をした女のことを考えている。そういう不義は何もこの一瞬だけのことではなくて、意識が覚醒している間は永劫ずっと続いていくのだろうという確信があった。
 おまけに眠っている間でさえも俺のいわゆる罪悪感は断罪の悪夢をよく見せつける。罪の意識は髪の短い女の姿をして、時々は髪の長い女の姿をして、俺の言葉で俺を詰った。所詮は本人の意識が生み出したものなのだから、当然だろう。あれは女たちの姿を借りた、俺の自慰行為に過ぎない。ただ、それにうんざりしているかというと、そうでもない。死んでしまった女も、俺の欺瞞を見ようとしない女も、俺の傷口に指をねじ込むような真似ができない。だからこそ主語があやふやなままの裁きと糾弾だけが、髪も切れずにいる俺を安堵させ、この場に留めているのだと思う。

 視界の半分は白い。体を横たえたシーツを片目で捉え、もう片方の目は閉じた瞼の暗がりにいる。片隅で身じろぎすらしないまま、髪の長い女がどこかを、何かを、じっと見ている。ぼやけたその輪郭の柔らかさに吸い寄せられながら、俺はやはり、髪の短い女のことを考えていた。

 あの女の身体は、この女よりも柔らかいだろうか。
 あの女の唇は、この女よりも赤かった。
 あの女が生きていたら今、どんな顔になっているだろうか。

 女の長い髪に顔をうずめると、甘ったるい香りがする。菓子のような石鹸のような、いずれにしても俺には無縁の生ぬるさが、無縁であると信じたい生命力が、俺の本能を蹂躙する。嘲笑しながら、これ以上ないほどに惨たらしく。

 こんな拷問めいた交合がこの先何度も続くのか。
この女を愛せないと理解していながら、あの女を忘れることはおろか考えずにいることすらできないまま、肉体の悪魔は易々と淫蕩に引きずり込まれていく。精神と身体は食い違い噛み合っていない、そう信じることは無様な愚か者のすることだ。こんなことを続けるくらいなら死んでしまいたいとすら念じても、痛いくらいの快楽は死を凌駕し、あるいは死を遠ざけていく。指が沈むほどの肉の海の中で俺は叫ぶことも逃げ出すこともできない。もしかしたら男といういきものは、その場に臨んでは一切の自由を奪われるのではないか――などという妄念に意識を委ねたいほど、俺は屈服を認めたくないままに降伏している。

 恐ろしかった。恐ろしいのだ。
 あの女を忘れることも恐ろしい。この女を愛せない俺が疎ましい。(あの女はいつも見ている。)俺に愛される日がこないことを知りながら笑って俺を受け入れるこの女が恐ろしい。愛せない罪悪感に押しつぶされても、それでもこの女を手放せない俺が憎らしい。(あの女が笑っている。)俺の知らぬ男の手で笑うこの女のことを考えることすら恐ろしい。この女が、俺の恐怖をすべて見透かしているのが恐ろしく、怖ろしく、狂おしいほどに憎い。

 あの女が、俺の影をいつまでも抱いている。
 この女は、俺があの女を忘れることを赦さない。

 耳鳴り、硝煙のにおい、鉄の味。
 あの日から俺も世界もまともではない。その思い込みは果たして正しく思い込みなのだろうか?
 廻る万華鏡の中で解体される俺を幻視する。
数えきれないほどの女の首を絞めては殺す俺の夢を見る。髪の短い女の名を叫びながら、髪の長い女の顔に涙のような水滴を落としながら。丁度、今、俺の全身から噴出さんばかりの血流に歓喜しているこの瞬間は、その追体験に他ならない。殺し損ねた命を丁寧に解体し、一つ一つの法悦は俺に飲み込まれ咀嚼される。

 俺は今、なにを抱いているのだろう?
 俺は、何に縋って泣いているのだろう?

 何度絶頂しても解放されない、ここは、地獄という形容すら不適切。
 抗えない肉の欲望だけが俺の命を長らえさせ、執着を捨てきれない事実は、俺をいつまでも苦しめた。

- 了 -
2022/07/19